漆と日本文化

平成26年度文化交流使(海外派遣型)
若宮 隆志
「彦十蒔絵」代表
  • 派遣国:イギリス,フランス,中国
  • 活動期間:平成26 年11 月2 日~ 12 月3 日

今年度,文化交流使としての指名を頂き,11 月2 日~ 12 月3 日までイギリス,フランス,中国の3か国6都市の大学や美術館,ギャラリーなどで漆と日本文化についての講演やワークショップ,デモンストレーション,作品展示,情報交換などを行って参りました。

講演では,6000 年以上前の櫛や正倉院の厨子,中尊寺金色堂,金閣寺などの信仰の対象となる建築や仏像,武具や鉄製品,食器や家具など調度品をスライドで紹介することで,漆が実用性や装飾性などの役割を担い日本人の生活と密接にかかわりながら縄文時代から発展し今日に至ることや,鎖国の時代でありながら海外からの強い需要に輸出を止めることができずにたくさんの漆器が海を渡ったことなど,それほどの歴史と文化を持つ漆器が生活環境の変化などにより危機に直面している現状を知って頂くことで,漆器に関心を持って頂きたいと話しました。

作品展示では実際に作品を触って頂き,漆ならではの質感を感じて頂くことや,単に道具としてだけではなく色や形や絵柄に物語や意味があり,人間が本質的にもっている家族や隣人への思いやり,おもてなしの心がこめられていることを知って頂く機会とし,日本で数千年もの歴史を持つ漆器はわが国の総合文化であり象徴でもあることを訴えました。

ロンドンでは毎年11 月の初めの週はAsian Art in London の時期で美術館やオークションハウス,ギャラリーの多くがアジアンアート一色になります。そのため世界中からアジアのアートに関心があるコレクターや美術関係者,アーティストなどが集まります。

今年もAsian Art in London の企画としてギャラリーで作品の展示と講演を行いました。

私の講演の翌日にはBonhams でオークションが開催され,柴田是真(しばた ぜしん)の漆芸額 鉢の木蒔絵に1 億5 千万円以上の値が付き会場は異様な熱気となりました。漆芸作品がこれほどの価格で競り落とされる記念すべき現場に立ち会い,漆芸の可能性を感じるとともに自分の仕事を再認識する良い機会となりました。しかし日本ではこのような状況を知る人はほとんどいないでしょう。それはとても残念なことです。

スコットランド・アートクラブレクチャー前のランチ会

スコットランド・アートクラブレクチャー前のランチ会

マルセイユで通訳をしてくださいました翻訳家の田中晴子さんは,源氏物語の翻訳をされていたお陰で源氏物語を題材とした彦十蒔絵の作品説明を存分に話すことができました。人間の内面を表現する意匠をマルセイユやエクスの学生さんに伝えることができたのは彼女の力だと感謝しています。エクスは印象派の画家のセザンヌの生まれた地でもあり,絵画に関心がある方が多く漆芸作品を絵画のような視点でみて頂けたと思います。

パリの最終日,フランス外務・国際開発大臣ローラン・ファビウス様(Laurent Fabius) と大臣公邸にて接見する機会を得ました。私の今回の目的や文化交流使の活動について説明をさせて頂き,作品をご覧頂きました。かつてマリー・アントワネットがたくさんの漆の箱を集めていたことや,今でも多くの漆器がフランスの美術館に保管されていることを話しました。このことからも将来的に蒔絵とフランスの関係は非常に重要なものであることをお伝えしました。大臣からもフランスと日本の文化交流を期待しているので,頑張って欲しいと励ましのお言葉を頂きました。

パリの工芸家と交流,情報交換

パリの工芸家と交流,情報交換

フランス外務国際開発省ローラン・ファビウス外務大臣接見 両国間の交流について激励を頂きました

フランス外務国際開発省ローラン・ファビウス外務大臣接見 両国間の交流について激励を頂きました

北京大学では,輪島塗の現状を踏まえ今後どのように解決策を見出すかということを話しました。講演の最後に北京大学の滕軍(とうぐん)教授から参加した生徒さんに,「北京大学の学生は5 万人,輪島市の人口3 万人よりもはるかに多く,私達が経済的協力をして,輪島で作られた素晴らしい漆器を一点ずつ購入する事で,日本の工芸を救えるのではないか」と提案がありました。滕軍(とうぐん)教授は次回輪島にお越し頂ける予定です。

中国北京大學でのレクチャー風景

中国北京大學でのレクチャー風景

この度の活動のお陰で輪島塗や漆芸の作業や技術,特殊な道具や材料についてもご紹介することができ,いまだに輪島では本物にこだわり漆芸品を制作している職人が多くいる事を知って頂く事が出来ました。作品の背景にある日本の伝統や文化,歴史,精神性に触れ,日本そのものへの理解や関心を深める良い機会になったと思います。今回知り合った皆様の反応が「輪島に行ってみたい」というものでした。輪島という地域を実際に訪問することで,漆器を通して日本文化に触れてみたいと感じて頂けたことはとてもうれしいことです。このような反応があったのは輪島から同行した中国語,日本語,英語通訳の朱澤(あかさわ)代表の高禎蓮(こうていれん)さんが輪島や漆器を理解したうえで通訳をして頂けたことで,単に漆器の講演で終わらせるのではなく輪島での受け入れを含めた継続的な交流へ導いて頂けたと感じています。国境を超えて漆器を通して人間としての深い共鳴が得られ相互理解につながると感じます。今後も今回の活動を踏まえ海外での啓蒙活動を行いたいと考えています。


若宮 隆志 プロフィール
1964 年石川県生まれ。漆芸家として作品発表を行う傍ら,塗師や蒔絵師といった一つの職分にとどまらず,伝統的な意
匠や文様の継承を考えながら新しい作品を企画し,それにふさわしい職人を組織する「彦十蒔絵」のプロデューサーとし
ても活動している。漆器の市場開拓,海外発表なども積極的に展開している。