良質な日本文化を伝えたい ― カリブ諸国とアメリカでの文化交流を終えて

平成26年度文化交流使(海外派遣型)
林 英哲
太鼓奏者
  • 派遣国:アメリカ合衆国,トリニダード・トバゴ,キューバ
  • 活動期間:平成26 年9 月25 日~ 11 月4 日

成果

ニューヨークでは,狭小劇場からメトロポリタン・オペラ大劇場までの多彩な演出や舞台表現の視察,また芸術家個々に会い芸術創作活動と生活の両立の実際,その中でもさまざまな方法で練習場所の確保や表現に立ち向かう実例(個人住宅のスタジオ改装,NPO法人化して古ビルをボランティア改装,など)や,舞台創作の現場(バジル・ツイスト氏演出 「春の祭典」の工場跡での大規模リハーサル)などにも立ち会い,演出家本人と情報交換できたのは収穫だった。
また太鼓ワークショップでは,ニューヨーク周辺には西海岸地域ほど熟練の太鼓指導者がいないため,一般太鼓愛好者やニューヨーク僧太鼓メンバーにとって,今回のワークショップが貴重な体験となったことがうかがえ,再訪を期待する声を多く聞いた。

その後訪れたカリブ諸国のトリニダード・トバゴ,キューバは初めての訪問国で,劇場の舞台条件が思うようにならない面もあったが,スタッフ関係者は非常に協力的で「英哲風雲の会」四人を含む公演は大好評,一曲目からスタンディング・オベイションになるという熱狂ぶりだった。トリニダード芸術大学UTTでの講義演奏でも大学生が興奮して大いに興味を示し,質問攻めになるなど,好評裡に終えることが出来た。
キューバでは二つの劇場で公演を行ったが,二回目の劇場では入りきらない観客のため,終演後すぐに観客を入れ替えて,もう一度演奏するという異例の公演になり,それほどまでに期待が高かったことを実感,日本キューバ友好400 年記念事業としても大きな成果を上げることができた。

ポート・オブ・スペインの国立大学芸術学部での公開レクチャー&デモンストレーションの様子 © 有限会社遙[ハル]

「日本・キューバ交流400 周年記念」公演のカーテンコール風景 © 有限会社遙[ハル]

「日本・キューバ交流400 周年記念」公演のカーテンコール風景 © 有限会社遙[ハル]

再びアメリカに戻っての公演(バッファロー,ダブリン,サンフランシスコ)も大好評で,特にニューヨーク州立大学バッファロー校,スタンフォード大学,カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校などのワークショップに参加した太鼓グループの大学生達は,日本人プロ演奏家(我々)から直接指導を受けた上に,舞台演出を伴ったプロの公演の様子を初めて見て,驚きと共に多大な刺激を受けたようだ。

アメリカではスタンフォード大学,キャピタル大学(オハイオ州)で単位取得できる和太鼓授業を行っており,コーネル大学(ニューヨーク州)の和太鼓部「邪馬台YAMATAI」も大学側が予算を組むほど熱心に取り組んでいるが,熟練の専門指導者がいるわけではなく,太鼓の歴史的背景を知る術も文献もない状態での取り組みだけに,それらの大学から駆けつけた学生達にとって今回のような授業が強く待ち望まれていたことがうかがえた。

「ダブリン太鼓10 周年記念コンサートwith 林英哲&英哲風雲の会」公演後の様子 © 有限会社遙[ハル]

「ダブリン太鼓10 周年記念コンサートwith 林英哲&英哲風雲の会」公演後の様子 © 有限会社遙[ハル]

スタンフォード大学のスタジオにて大太鼓マスタークラスのワークショップを実施 © 有限会社遙[ハル]

スタンフォード大学のスタジオにて大太鼓マスタークラスのワークショップを実施 © 有限会社遙[ハル]

―「和太鼓」と総称されるようになった現代日本の太鼓奏法は戦後,日本の伝統的芸能を基に現代的創意工夫や解釈を加えた新しい文化として創造され発展したもので,その後世界に伝播した分野―と解説し,その歴史的・文化史的背景や,打法の創作,作品誕生の背景など,彼らにとって知る機会のなかった話を,その過程を経験して来た当事者(林)から直接聞く,という講義も,驚きと共に有意義な経験になったようだ。同様の指導をしたサンノゼ太鼓共々,再来訪を希望する声が多かった。

ダブリン太鼓,デイビス中学校(オハイオ州)生徒などの小学生から高校生までの生徒達も熱心に取り組んでくれ,一般公演コンサートではサンフランシスコ芸術高校生徒も,八重奏室内楽と太鼓の現代作品「飛天遊」共演という難題に挑戦をしてくれ,またバッファロー・フィルハーモニー管弦楽団の首席ティンパニスト・マシュー・バセット氏との共演,カリフォルニア州立大学音楽学部教授ディー・スペンサー女史とのピアノ共演,米人尺八奏者ジョシュ・スミス氏,泉川秀文氏との共演など,異種音楽交流も聴衆に新鮮な驚きを与えたようで,現代の日本の太鼓の一面を知らしめる良い成果につながった。

現地のニーズ

今回は舞台公演と共に,大学での講義,太鼓部学生への指導を重点的に行ったこともあり,彼らが真摯に「正しい日本の太鼓の指導を受けたい」と欲しているニーズを強く感じた。
例えば,海外で一般的になった寿司やラーメンなどの日本文化が,いつしか日本の味とは似て非なるものになる場合があるように,「自分達の太鼓も日本とは違うものをやっているのではないか」という危惧意識のようなものが,一定レベル以上の太鼓愛好者達にあることが感じられた。
ただそのニーズに応えられる適切な指導力のある経験者は,日本国内にもそうはおらず,もともと「正しい日本の太鼓」という統一基準的なものがなかったゆえに大衆的に発展して来た分野という事情もあり,海外の愛好家からの「正しさ」を求めるニーズに応える難しさも,実感した。

ただ,レベルの高い演奏を見せると「それを学びたい」というニーズは当然湧きあがるわけで,今回の大学生や聴衆の反応を見ていると,今までこういうレベルの表現による太鼓演奏を見たことがなかった,という驚きが感じられ,この分野の一端を担っている者として,質の良い日本文化としての太鼓を直接届けるように努める責任も感じた。
太鼓表現に限らず,良質の日本文化を求めるニーズは確実にある。

その他

日本の太鼓は海外での聴衆の支持(人気)が高く,また太鼓演奏愛好者もアメリカ以外に,ヨーロッパ全土,オーストラリア,アジアなど広範に存在しており,日本の音楽文化としては異例の普及をしているが,その練習方法の多くは模倣から出発し,適切な指導を受けないままで,演奏技術も内容も質を問えないものが多い。
日本国内でも事情は同様で,その簡単さ(スタートのしやすさ,一見,技術が単純そうに見えるところ)などが太鼓演奏の魅力として好まれる面もあるのだが,この分野のレベル向上のためには,経験と知識を備えた指導者の育成が不可欠と思われる。
また海外における「和太鼓」は,手作りや粗悪な太鼓で打たれていることも多く,適切な指導をしようにも,太鼓,台,撥などが充分でない状態で行わざるを得ないこともある。幸い今回の我々は道具類も持ち込みスタッフも同行するという恵まれた状況だったが,もし身ひとつで指導に行く場合は,そうした問題も考慮する必要があろう。

現在,海外には日本人以外のプロ太鼓演奏家も多く,又「和太鼓」研究で学位を取得しようとする学生などもおり,今後もさらに海外でプロ指向の愛好者が増える可能性がある。
そのような熱意を持った人々にとって「日本で学びたい」希求は高く,今後は,海外への派遣指導と共に,国内に設備共々,レベルの高い教育システムを創り,外国から専門的に学びに来たい人達のニーズに応えられるよう環境整備する必要があろうと思われる。


林 英哲 プロフィール
「佐渡・鬼太鼓座」「鼓童」の創設に関わり,同座のトップ・プレイヤーとして数多くの世界ツアーをこなす一方で,主なレパートリー曲を作編曲。11 年間のグループ活動の後,82 年,ソロ活動を開始。以後,太鼓独奏者として日本の伝統にはなかった大太鼓ソロ奏法の創造,多種多様な太鼓群を用いた独自奏法の創作など,前例のない太鼓ソリストという分野を開拓し,世界に向けて日本から発信する新しい音楽としてのオリジナルな太鼓表現を築きあげ,国境,ジャンルを越えて,今なお新たな創作活動に取り組んで,広く国内外で活躍中。97 年芸術選奨文部大臣賞,01 年日本文化芸術振興賞受賞,映画,演劇,CM,創作太鼓のための委嘱作品なども多く作曲,指導。CD,DVD,ビデオ多数。04 年より洗足学園音楽大学客員教授,09 年より筑波大学大学院非常勤講師,15 年4 月より東京藝術大学客員教授。