中東と極東の狭間で

平成25年度文化交流使(海外派遣型)
森山 未來
俳優・ダンサー
  • 派遣国:イスラエル,ベルギー,イギリス,スウェーデン,ドイツ,ロシア
  • 活動期間:平成25 年10 月21 日~平成26 年10 月20 日

僕は文化交流使として1 年という期間を,主に中東はイスラエルで過ごしていました。2013 年に日本で製作されたミュージカル「100 万回生きたねこ」という作品で,演出,振付,美術としてイスラエルの芸術監督インバル・ピント氏,アヴシャロム・ポラック氏と関わったことが,今回イスラエルはテルアビブを拠点とする彼らのダンスカンパニーにお邪魔するきっかけとなりました。

イスラエルと聞いてまず思い浮かべるのは紛争,危険地帯というところでしょうか。日本からするとあまり馴染みのない国ではあると思います。事実,僕が滞在していた1年間の間にガザ地区からイスラエルに向かってミサイルが打ち込まれ,戦争に突入し,毎日サイレンの音と共に稽古場へ赴き,舞台公演に臨んでいた時期もありました。ただ,そういった複雑な政治状況を抱えてはいますが,この国の芸術表現は荒々しくもとてもオープンで活気に満ちたものだったと感じています。片や日本の芸術文化というものを日本人として日本の外から客観的,或いは主観的に見た時に,それは長い歳月をかけて構築され,細分化され,熟成された,繊細かつ美しい文化なのだと改めて再確認させられました。イスラエルには親日家が非常に多く,日本文化をいかに愛しているかを高い熱量で伝えてくる人々にはよく出会いました。逆に彼らから自分自身の国の文化を教わることもあったくらいです。

インバル・ピント& アヴシャロム・ポラックダンスカンパニーとの創作「WALLFLOWER」の公演写真。イスラエルはテルアビブミュージアムにて。

インバル・ピント& アヴシャロム・ポラックダンスカンパニーとの創作「WALLFLOWER」の公演写真。イスラエルはテルアビブミュージアムにて。

ところで,よく言われる話ですが,日本という国は「アイデンティティ」という言葉を正確に和訳された単語を持っていません。

アイデンティティ【 identity 】
1. 自己が環境や時間の変化にかかわらず,連続する同一のものであること。主体性。自己同一性。「―の喪失」
2. 本人にまちがいないこと。また,身分証明。

辞書を引くとこういった説明があるにはありますが,「あなたに自己同一性はあるのか」と聞かれても僕にはあまりピンと来ません。イスラエルでは様々なアイデンティティが入り乱れています。一時は世界中へと離散したありとあらゆる国の人達が「ユダヤ人」「ユダヤ教」という概念だけで再集結したことによってこの国は成り立っているので,民族としてはばらばらで様々な文化が混然としています。さらには現在「イスラエル」と呼ばれる地に元々住んでいたイスラム教やキリスト教の人達もいます。そして,西の地中海を除けば,国の境目は言ってみれば,ただ地面に線を引いてあるのみ。その線をまたぐとエジプトがあり,ヨルダンがあり,シリアがあり,レバノンがある(あるいはパレスチナも)。そして,このうち二つの国とは国交が断絶しています。これ程までにも複雑な状況下にある,建国から70年にも満たないこの国の人達が「私達はイスラエル人だ!」と叫び続けていないと今すぐにでも押し潰されてしまうような精神状態であろうことは,僕にはちょっと想像を絶するものがあります。ですが,こういった問題はイスラエルだけのものではありません。大半の「海外」の国が多かれ少なかれ,こういった歴史を必ず抱えています。あくまでヨーロッパ側から見ると「極東」と呼ばれる日本。時には中国や朝鮮半島との交流はあったにしても,それでも長い間独自の発展を遂げて来た島国にとって,他の国,他の民族とのそれ程までの比較,反発を迫られる必要は長い間なかったのではないでしょうか。誰かと比べる必要がない以上,「私達は日本人だ!」と誰かに主張する理由もありません。

イスラエル人ダンサー,エラ・ホチルドとの創作「Judas,Christ with Soy」の公演写真。イス ラエルはスーザンデラールセンターにて。

イスラエル人ダンサー,エラ・ホチルドとの創作「Judas,Christ with Soy」の公演写真。イスラエルはスーザンデラールセンターにて。

では例えば,日本の文化とはどういったものなのか,という問いがあったとします。しかしそれは日本にしか住んだことがない人達からすると,あまりに無意識にそこに寄り添っているものなので,この問いに答えることは少し難しいのではないだろうかと思うのです。僕にもまだうまく答えることはできないかも知れません。ですが,この1 年でイスラエル,ベルギー,イギリス,ドイツ,スウェーデンと,様々な国で文化交流使として活動してきたことによって,自分の中で日本というものの美しさや独特さ,あるいは醜さをまた別の角度から認識できたことは確かだと感じています。グローバルであることが全てだとは思いません。閉鎖的であったからこそ,言うなれば今もなお閉鎖的だからこそ,唯一無二な日本文化というものがここにあるのだと強く思うのです。美しいところ醜いところあって当然,それでも家族さながら自分の国と向き合っていくしか仕様がないのではないでしょうか。改めて,自分がそんな日本人であることに喜びを噛み締めつつ,尚且つより豊かな芸術表現を求めて,時には日本に同意し,時には異議を唱えつつ,文化交流使としての活動報告をこれから一生涯続けていこうと思う次第です。

最後に,僕を文化交流使に推薦していただいた文化庁の方々に,そして誰よりも,僕を快く受け入れてくれたインバル・ピント氏とアヴシャロム・ポラック氏に心から感謝の意を申し上げます。

大植真太郎氏との創作「談ス」の稽古写真。スウェーデンはストックホルム,ダンセンスフュ スにて。

大植真太郎氏との創作「談ス」の稽古写真。スウェーデンはストックホルム,ダンセンスフュスにて。

河原田隆徳氏との創作「HIBI -crack / daily basis-」の本番写真。イスラエルはスーザンデラールセンターの屋外にて。

河原田隆徳氏との創作「HIBI -crack / daily basis-」の本番写真。イスラエルはスーザンデラールセンターの屋外にて。

活動中の出演歴(2013 ~ 2014 年)
「DUST」公演,「OYSTER」公演,「WALLFLOWER」公演 (以上 インバル・ピント & アヴシャロム・ポラックダンスカンパニー),「Judas, Christ with Soy」公演,「HIBI」公演,「談ス」公演


森山 未來 プロフィール
5歳からジャズダンス,6歳からタップダンス,8歳からクラシックバレエとヒップホップを始める。1999 年「 ボーイズ・タイム」(パルコ劇場他)で本格的に舞台デビュー。その後,多数の舞台経験を重ね,映画・舞台・テレビとジャンルを問わず幅広く活躍を続けている。近作に映画「苦役列車」,「人類資金」,舞台「100 万回生きたねこ」,「PLUTO」,テレビ「モテキ」,「贖罪」,「夫婦善哉」など。