文化交流使の記

平成25年度文化交流使(海外派遣型)
森山 開次
ダンサー・振付家
  • 派遣国:インドネシア、ベトナム、シンガポール
  • 活動期間:平成25 年10月18 日~12月3日、平成26 年1 月4 日~19日

はじめに

文化交流使とは,一体どのような活動をしたら良いのか。最初にお話をいただいたときは,名前の大きさから正直不安があった。国と国の交流。異文化間コミュニケーション。その責務はとても重要なものだからだ。日本の伝統文化に携わる方が多く派遣されている中,コンテンポラリーダンスを生業とする私に何ができるだろう。

今回私が平成25 年度文化交流使の活動国としたのは,インドネシア,ベトナム,シンガポールの3 か国。活動内容は,現地アーティストとの共同創作と発表,ダンスのデモンストレーション,ダンスワークショップなどで,身体表現を通じた現代日本の文化発信と,お互いの国の文化に対する理解を目的とした。

ほぼ白紙の状態から日々リサーチと模索を重ねながらも,過去文化交流使として活動された諸先輩方のアドバイスや,背中を押してくれた多くの方々の厚いご支援のおかげで,日本文化を愛する一芸術家として,胸をはって日本を発つにいたったのである。

交流のはじまり

最初に訪問したインドネシアのバリ島では,元気なこどもたちとの出会いからはじまった。滞在先はウブドのプンゴセカン村。あるガムラングループリーダーの,留守中のお宅をお借りしたのだ。夜に到着し,まわりの風景を見ずして最初の夜を迎えた。あの夜の不安さ。サラウンドで聞こえる大音量の虫の声,犬がけたたましく吠えている… 突然,天井から,トッケー!トッケー!と鳴く謎の声。インドネシアに生息する体長20センチ前後のヤモリ科の生物“トッケイ”,その無数の音が響く家。とても騒がしい初夜だった。

翌朝,朝日とともに美しい音色で目が覚める。窓から外をのぞくと,夜の印象とは全く違う世界が目の前に広がっていた。神々の住む島。神殿から聞こえてくるような音色。なんて美しいガムラン。若者たちが演奏の練習をしていたのだった。南国の草木に囲まれたバリ様式の家,ダイニングも半分外で閉塞感のないつくり。虫や動物が自由に行き来する。虫の声が凄いわけだ。庭のスタジオでは,頻繁にガムランの演奏や踊りの練習風景を見ることができた。伝統芸能がまだなお人々の生活の中に息づいているこの村は,画家,舞踊家,ガムランの演奏者がたくさん生活をしており,歩いているとあちらこちらでガムランの美しい音色が聞こえてくる。私が訪れたこの時期は,ちょうどガルンガンという日本のお盆のような祭事の前で,皆その準備に追われていた。ペンジョールという,竹やヤシの葉で作られた長い飾り物が立ち並ぶ通り。舗装の悪い道が多く,ペンジョールに気をとられ,見上げながら歩いているとつまずきそうだ。バイクと車が土埃を舞い上げ,狭い道をクラクションを鳴らしながら通りすぎてゆく。バリに来た実感が湧いてくる。まだぎこちない私の体。さあ,何からしたらいいのか。

森山開次(ダンサー・振付家)によるパフォーマンス『LIVE BONE』(バリ)

森山開次(ダンサー・振付家)によるパフォーマンス『LIVE BONE』(バリ)

最初の活動を予定していた,バリガムラン奏者であり作曲家のデワ・アリット氏のお宅の前。緊張していた。と,そんな時,ガムランの音が彼の庭から聞こえてきた。吸い寄せられるように足を運んでみると,バリの男の子数人が演奏をしていた。ガルンガンの時期には,バリで信奉されている,日本の獅子舞のような聖獣バロンと共に,人々がガムランを演奏しながら村を練り歩く姿を見ることができる。彼らはその練習をしていたのだった。長髪で金髪の日本人男の突然の登場に興味を示しながらも,彼らの演奏は止まらない。一人の子がにかっと笑いながら楽器を私に差し出した。シンプルなリズムを教わる。そこに複雑なリズムを掛け合わせてくる。太鼓のリーダーらしき子が,合図をだしリズムを変化させると,一斉に皆リズムを変える。私は夢中で演奏した。私の必死で辿々しい演奏に大声で笑うこどもたち。褐色の肌に白い歯と瞳が印象的だ。なんて楽しそうに演奏していることか。延々とつづく演奏とガムランの響きに甲高い笑い声。気づけば,私の緊張は完全に解けていた。私の文化交流使の最初の活動は,バリのこどもたちとのガムラン演奏だった。私は日本でもどこでもこどもたちに助けられている。こうして私の本格的な活動は始まったのだった。

バリの月の下で

デワ・アリット氏は,ガムラングループ ガムラン・サルカットを主宰し,バリガムラン奏者,作曲家として,伝統を継承しながらも新しい創作に挑戦し続け,バリガムラン界をリードする若手音楽家だ。年齢も近く,彼の信念や葛藤に共感することが多くあるのに驚いた。私達は今回の交流で共同で作品を創作することを一つの目的に掲げていた。テーマは「羽衣」。日本でもなじみの羽衣伝説をモチーフとしたのだ。このテーマを選んだのは,私が能の『羽衣』に強い興味があったことも理由の一つだったが,羽衣の伝説は日本のみならずアジア各地に点在しており,インドネシアにも類似した伝説が残っていた。それぞれに共通点と違いがあり,共同創作をするのにとても面白いテーマだと思ったからだ。

この創作の稽古はとても印象深い思い出となった。稽古場はほぼ野外のスタジオ。日が落ちてから,風が吹き虫の音が響く中,月を見上げながら稽古をした。部屋の中,鏡の前で踊ることが当たり前になってしまった私達現代のダンサーには最高の環境だ。身体の感覚が目を醒す。エネルギーの流れを感じ,自然の一部となる。土や草の匂い。風の軌跡。彼のガムランの旋律と融合する瞬間,離れる瞬間。月との距離。この稽古に多くの人は立ち会っていなかったが,月私達二人の姿を映してくれていた。そして時にはその月について語り合い,お互いの文化の話をし,こどもたちの未来の話をするなどした。アリットさんも,こどもを愛するすばらしい芸術家だった。バリの月は眩しいほど。日本で見る月と同じ月のはずなのに,異なる感覚を不思議と憶えた。

 

森山開次(ダンサー・振付家)によるパフォーマンス『HAGOROMO』 左:デワ・アリット氏との稽古(バリ)

森山開次(ダンサー・振付家)によるパフォーマンス『HAGOROMO』 デワ・アリット氏との稽古(バリ)

「羽衣」の天女が住むのも月の都だ。月は,日本人だけでなく,多くの人にとって神秘的なものかと思うが,バリの人々にとってその存在はとても大きな意味を持っている。人々の生活に密接に関わる月の暦。満月にはさまざまな祭事がバリ中で行われる。ひとつの月を見上げ,作品の創作ができたこの体験は,かけがえのない時間だった。

異なる文化の中に身を投じると,はじめは違いを強く感じるが,生活を共にするうち,深い所に共通した祈りがあることに気づく。違った感性を持つ芸術家同士,創作の過程で共通点を発見することもあれば,違いを発見することもある。違いを感じたときは,創作の大きなヒントを得るチャンスだ。異文化をもった芸術家同士のコラボレーションは,簡単に掛け合わせるだけであれば,なんとでもできてしまうかもしれない。ただ,しっかりと向き合い,一つの世界観をもった作品を創作するとなれば,そう簡単には行かない。それぞれのセンス,信念があるので,どこかで壁や摩擦が生じることもある。相手の意見を受け入れることもあれば,自分の意見を押し通そうとするときもある。その過程に大きな意義が存在する。そこで知ることは,相手の心とともに,自分自身の心を見ることにつながる。日本の文化とは何だろうか。私とは何か。

バリ滞在中,アリットさんにさまざまな場所を案内いただき,多くの祭事や芸能を見学,体験することができた。地元の人々と小さな交流を積み重ねたその日々があったからこそ,今回のコラボレーションは,形だけではない純真な月への祈りを共有した作品となったと思っている。こうして完成した創作舞踊作品「HAGOROMO」は,帰国後の平成26 年2 月に,アリットさんを招へいし,観世流能楽師・津村禮次郎さんとともに,東京・新国立劇場「アーキタンツ2014」公演内で発表することができた。交流の成果を多くの方々に観ていただくことができとても嬉しかった。

そのほかバリ島では数回踊りを披露する機会を得た。その一つに,ウブドで開催された「ジャパンフェスティバル」があった。赤鬼をテーマにした「AKAONI」の共同創作を,別のガムラングループ,ワヤンベベル・スダマニと挑戦したのだ。この作品では,バリのベテラン伝統舞踊家ニ・ワヤン・セカリアニ氏(Ni Wayan Sekariani /通称:イブ・セカール)とのコラボレーションも実現し,バリの伝統的な世界観に思い切り飛び込ませていただいた。ここでは,地元のこどもたちからお年寄りまで,幅広い世代の多くの方々が観劇くださった。バリでは音楽や踊りは神への捧げものとされている。祭事の中で,ガムラン演奏,様々な舞踊,演劇が行われる。それらを観るのはバリの人々にとって日常的なことで,こどもからお年寄りまで祈りとともに観賞する。最も原始的な演者と観客の関係がそこにはある。この環境は,日本の舞台環境と大きな違いがあり,はっとさせられた。なぜ踊るのか。踊りを見るとは何か。劇場とは何かを問われた思いがした。

さまざまな音が響く神の住む島バリ。その音は,私の体に共鳴し,多くのインスピレーションを与えてくれたのだった。

ベトナムの同志達

その後に渡ったベトナム。ここでは,とても嬉しい再会があった。

ベトナムでは,ハノイとホーチミンの2 都市で活動した。はじめに訪れたハノイでは,地元のドアン・ティ・ディエム小学校を訪問し,ダンスのワークショップとパフォーマンス。さらに,プロのダンサーを目指す学生が通うベトナムダンスカレッジにてダンスワークショップを行った。そしてホーチミンでは,ベトナム一のコンテンポラリーダンスカンパニー Arabesque Dance が主催するホーチミン初のインターナショナルダンスフェスティバルに,ゲスト出演し,ホーチミンオペラハウスでソロ作品を発表した。実はこのダンスカンパニーの主宰,グエン・タン・ロク氏は,14 年前文化庁の留学生として日本に留学中,私のダンスクラスを受講してくれたダンサーだったのだ。それがベトナムに帰国後,ホーチミン初の民間ダンスカンパニーを立ち上げ,素晴らしいダンサー達と共にベトナム一のカンパニーに成長させていた。その彼が私をフェスティバルに招へいしてくれたのだ。

今,ベトナムのダンスカルチャーでは,コンテンポラリーダンスが少しずつ盛んになり始めたばかりというが,ロック氏は急激に発展する経済や文化の中で,ベトナム人のルーツをテーマにした作品を創作しており,本来のベトナムらしさとは何かを問う作品を,いくつか鑑賞した。お互いの作品を見合うことで,それぞれのアーティストが感じていること,考えていることを知る事ができた。またワークショップを通じ,ダンスメソッドの交換も行い,とても密な交流が出来たと思う。ベトナムで多くの身体表現に挑戦をしている同志に出会えたのは嬉しいことだった。

今,ベトナムのダンスカルチャーでは,コンテンポラリーダンスが少しずつ盛んになり始めたばかりというが,ロック氏は急激に発展する経済や文化の中で,ベトナム人のルーツをテーマにした作品を創作しており,本来のベトナムらしさとは何かを問う作品を,いくつか鑑賞した。お互いの作品を見合うことで,それぞれのアーティストが感じていること,考えていることを知る事ができた。またワークショップを通じ,ダンスメソッドの交換も行い,とても密な交流が出来たと思う。ベトナムで多くの身体表現に挑戦をしている同志に出会えたのは嬉しいことだった。

彼らと活動を共にし,彼らの踊りから感じたのは,優しさやあたたかさ。発展し続ける混沌とした街の中でも残る,土のぬくもりと蓮のような純真。ベトナムのダンスカルチャーをこれからも見届けたいと願っている。

「LIVE BONE」東南アジアツアー

その後,再び日本を発ち,平成26 年1 月に,自身の作品「LIVE BONE」のデモンストレーションツアーを行った。この作品は,内臓や骨といった体のパーツをモチーフとし,ユーモラスでロックテイストあふれる音楽とアーティスティックなコスチューム,全体的にポップでスタイリッシュな作風で,コスチュームアーティスト・ひびのこづえ氏と音楽家・川瀬浩介氏とともに,日本で長い時間をかけ育ててきたものだ。日本ではすでに10 都市以上で上演し,こどもからお年寄りまで皆が楽しめる作品として好評をいただいてきたがアジアでどのように受け入れられるか,まったく未知数であった。今回はソロのデモンストレーションとして,3都市でワークショップと合わせ上演した。日本でも“どこでもできるパフォーマンス”として美術館などさまざまな場所で発表しているが,インドネシアはバリ島・インドネシア国立芸術大学のバリ様式の劇場,ジャカルタTIM 劇場の吹き抜けのロビー,シンガポールのラサール芸術大学の近未来的な建物に囲まれた中庭。いずれも多くの方に囲んでいただき,皆さんとふれあいながら踊った。舞踊の海外公演というと年配の観客も多いが,たくさんのこどもたち,学生そして若い世代の前で踊ることができたのも嬉しいことだった。どの都市でも,現在の日本を感じられるパフォーマンスとして非常に喜ばれ,お客さまと至近距離で一体感の生まれた素晴らしい時間だった。このパフォーマンスと合わせて行ったワークショップでは,言葉の壁があっても体で表現し共有できることを体感した。特にこどもたちは,瞬時に壁を乗り越える。大人の私は逆に必死だった。こどもたちと体で動き伝えることの楽しさを再確認しあえたと思う。これから更に進む国際化社会の中で,こどもたちとの交流はとても大切になってくるだろう。「LIVE BONE」のような,こどもたちにも目を向けたダンス作品を精力的に創作・上演できるよう,これからも努力したいと思う。

森山開次(ダンサー・振付家)によるパフォーマンス『LIVE BONE」(シンガポール)

森山開次(ダンサー・振付家)によるパフォーマンス『LIVE BONE」(シンガポール)

:「ARCHITANZ 2014 2月公演」 内(東京)© 瀬戸 秀美

「ARCHITANZ 2014 2月公演」 内(東京)© 瀬戸 秀美


こうして,私の約3 か月におよぶ活動期間は無事終了した。異文化の違いの中で一つの時間を共有するのはかけがえのないことだ。文化が違えば様々な壁が存在するのは確かだが,それをお互いに理解し,尊重し合えると肌で感じることができた。身体表現を通じた文化交流の可能性は無限にある。皆,体をもち,誰もが身体表現者であるのだから。当然,個性があり,違いがある。一人一人がちがうこと。文化が違うこと。それを知ること,そこからはじまる。そして,異なる文化に接した時に知ることは,自分自身の国の文化であり,自分自身の心だった。それを再確認することもまた,文化交流の素晴らしさだと知った。

ここでは書き表せないほどの体験をした。感じたことは,確実にこの体に刻まれている。それはこれから先,きっと自然に何かの形で現れるだろう。それがとても楽しみだ。この体験を生かし,これからも精進し身体表現の道を邁進していきたい。そして,この活動で生まれた多くの絆を大切にし,さらに発展させた文化交流ができたらと願っている。

なお今回の活動に際し,多くの方の厚いご協力をいただいた。各国の受け入れ先の皆様,日本で支援下さった皆様に深く感謝している。大きな責務ではあったが,文化の交流に一番大切なのは,大義名分の形だけの交流ではなく,人と人同士の心の交流をまず大事にすることだと感じた。交流は人との出会いからはじまる。この交流で本当に多くの人に出会い、ふれあうことができ,決して生涯忘れることの無い旅となった。ご尽力をいただいたすべての方に,この場をお借りし心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

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森山 開次 プロフィール
1973 年神奈川県生まれ。2001 年エディンバラフェスティバルにて「今年最も才能あるダンサーの一人」と評された後,演出・振付・出演をつとめるダンス作品の発表を開始。2007 年ヴェネチアビエンナーレ招へい。2012 年発表『曼荼羅の宇宙』にて芸術選奨文部科学大臣新人賞ほか3 賞を受賞。代表作に『KATANA』『弱法師』『LIVE BONE』など。__________________________________________________________________________