文化交流使活動報告

平成25年度文化庁文化交流使(海外派遣型)
長谷川 祐子
キュレーター(学芸員),大学教授
  • 派遣国:アラブ首長国連邦,ドイツ,モロッコ,フランス,アメリカ合衆国,モナコ公国,アルメニア,グルジア, スウェーデン,ベルギー,イギリス,イタリア,中国,チェコ,ハンガリー,スイス,ロシア,ポルトガル
  • 活動期間:2014年3月12日~7月14日

昨年の3 月半ばから7 月の初めまで文化交流使の任を得て,ヨーロッパで事業を行なった。ヨーロッパはアジアやアラブなどの調査を行った際,作家の多くがヨーロッパで支援を受けて活動発表していること,そしてアジア研究,日本研究の大学,研究機関とネットワークをつくりたいと考えたためである。今回交流使として,キュレーター/クリティックは初めてということで,小規模でも展覧会を実施,あわせてレクチャーあるいはワークショップ事業の内容とした。
日本のアート,建築,デザイン,文化状況を紹介することとなるため,トピックをいくつか作り,それをすでにネットワークのあった美術館や大学に提案した。

前年から送った10 の講演のトピックのプロポーザルに対して関心を示した機関,文化施設からスケジュールを割り当てていくという方法をとった。約4 か月の期間を通して,18か国,約27か所のインスティテューションで講演を,モスクワの V-A-C やロンドンのRCA のキュレトリアルコースで2 回のキュレーターワークショップを行った。またフランスでは菅木志雄の小個展を開催した。

菅木志雄「Situated Underlying Existence」展 展示風景 《界律》1974/2006 撮影:佐藤 毅

菅木志雄「Situated Underlying Existence」展 展示風景 《界律》1974/2006 撮影:佐藤 毅

菅木志雄「Situated Underlying Existence」展 展示風景 《状為論》1977/2014  撮影:佐藤 毅

菅木志雄「Situated Underlying Existence」展 展示風景 《状為論》1977/2014 撮影:佐藤 毅

1)日本研究,日本への関心とアートへの関心の温度差

最初はフランスのストラスブール近くのコルマールにある日本文化研究施設CEEJA( アルザス・欧州日本学研究所) から始まった。CEEJA は展示室としてCorps de Garde(警護用の家) という16 世紀にたてられた小さな建物をもっており,CEEJA の主催「もの」派の代表的作家である菅木志雄の小さな展覧会を企画した。展示室は写真のように小さいながら美しいプロポーションの場所で,作家と話し合い,青いポリカーボネイトの板を白い紙と交差させるように床においていき,一方の壁にポリ板をたてかけた作品「状為論」と,やはり70 年代の屋外で様々な状況に介入をおこなった「野展」の記録を写真作品としたものを展示した。もの派は1960 年代の国際化のリアクションとして内的な独自性の検証に回帰しようとした70 年代の動向であり,「具体」に続いて国際的なマーケットブームとなりつつある。しかしものを主体とし,独特の状況をその場でたちあげていくインスタレーションは間接情報では最も伝わりにくいものの一つである。CEEJA では2015 年3 月に「間」をテーマとしたシンポジウムを開催予定であり,菅のものと,ものそのものの関係をみせる方法とリンクがあった。小さな町ゆえに観客の反応はつかみにくかったが,展覧会そのものは確かな存在感をもちえていたと思う。バーゼルから近いこともあり,アートフェアの際に訪れた来館者もあった。
CEEJA は年に一度大きなシンポジウムを開催する他は,小さな講演やワークショップを行なっている。ヨーロッパにおける日本文化研究所のネットワークをいくつか紹介してもらったが,俳句や文学,そしてサブカルチャーや芸能に関心があっても,近現代アートとなると難しく,結果的に美術館や大学の美術史やキュレィトリアルスタデイのネットワークの方が有効であった。つまりここで感じたのはヨーロッパから《日本の文化》をみたとき,その中で近現代アートの占める位置の小ささだった。ストラスブール大学で学生150 人に対して講演を行ったとき,大半の学生の関心は日本のポップカルチャー,マンガやアニメ,映画,音楽,デザインなどであり,1990 年以降のアートというテーマで,領域横断的な作家やポップカルチャーと関係する作家を選んで講演を行った。日本の文化の特異性,幼児性や未来性への関心が高く,それらを自分たちにはない「クールなもの」ととらえる好奇心がそこにあった。日本文化はpeculierといわれる。過剰や増殖,ハイブリディティ,ポストヒューマン的な奥行きのなさと輝かしい未来的な表面性のような(しかも形としては洗練されている),ヨーロッパの深みにはないものが「あこがれられる」。 アートはモノや身体という具体的でローカルな要素を大きく背負っている。そのために日本の現代アートについて語るとき,その「視覚化」「物質化」した産物を講演という形式で画像だけでみせながら聴衆に伝える事は容易ではない。それを補うのが文脈化を通してということとなる。

2)講演内容

ヨーロッパは言説,ロジック,文脈の地である。一般人でも議論,互いの意見をかわす事で交渉,交換,止揚が起こっていく。そのことを意識してたてたトピックのうち,最も希望が多かったのは,「3.11 の後の政治社会的アートの動向」というテーマである。津波のイメージも含め,エネルギー問題や一般に政治的な関心の薄い日本人作家にどのような意識変化が起っているのかが関心の対象であった。構成としては,写真作家の畠山直哉,志賀理江子といった被災地に関係のある写真作品に実際にアクティビスト的に現地で介入的なアクションを行ったChim↑Pom や竹内公太の指差し作業員の例。
より間接的なステイトメントとして他者の体験を共有することを複数のコラボレーションのプロジェクトの記録でみせた田中功起や建築家の試み,震災関係だけでなく,Rhizomatiks にも言及し,状況や情報を解釈,抽象化,視覚化することへの関心の高まりを動向として説明した。興味深かったのは,これはrespondingまたは activist 的行為であってコンセプチュアルアートではない,という意見があったことである。文脈やロジックがない,一人の質問者が例として河原温やハンス・ハーケのような作家はいないのか?と聞いた。筆者はこれに対して,「ソフトコンセプチャリズム」という用語で応酬したが,社会に対するステイトメントとアートとしての様式の両方を厳しく検証される欧州において,これらの日本作家をどのように文脈づけていくかは課題として残された。
オルターナティブなコンセプチャルアートの系譜として日本の女性作家をトピックとした,反芸術的な態度とパフォーマンス,その個性的なライフスタイルゆえの主張の強さとして草間彌生,オノ・ヨーコ,シャーマン的なスピリチュアリズムを拝見とした森万里子,内藤礼,サブカルチャーや都市文化との関係で束芋,やなぎみわ,そして社会性とメデイアの活用において,Chim↑Pom のエリイ,スプツニ子! ,最後に妹島和世と川久保玲を挙げた。ここでも独自性と,従来の価値観への批評性を要素としてコンセプチャルの系譜を新たにつくりだそうと試みた。
ほか日本の建築,伊東豊雄,坂茂,SANAA,アトリエ・ワン,石上純也,藤本壮介といったプログラム建築の新しい流れを,最近の震災関係のパブリックプロジェクトもあわせて,リサーチを主体としたソーシャル,コンセプチュアルなコンテクストとして講演した。これについてはポルトガルのSerralvesMuseum of Contemporary Art やローマで建築系の学生が多く参加し,日本の建築に関する関心の高さを示したが,彼らの関心はキュレーターやクライアントが建築家とどのように建築プログラムをつくったのかというコラボレーションの部分であった。特に筆者が総合的なコンセプトからかかわった金沢21 世紀美術館や,シャルジャビエンナーレの,公園やオアシス,屋外映画館などのパブリックプロジェクトはリサーチ段階も含めてのプロセスに質問が集まった。ブタペストで新たな美術館建設を検討している関係者グループへの講義では,パブリックとプライベートの境界のつくりかたに関心があつまった。

講演風景  Serralves Museum of Contemporary Art(ポルトガル,ポルトー)にて

講演風景  Serralves Museum of Contemporary Art(ポルトガル,ポルトー)にて

講演風景 The Club(アルメニア,エレバン)にて

講演風景 The Club(アルメニア,エレバン)にて

3)日本のキュレーターに期待されていること

キュレーターワークショップにおいては,大学において制度が充実しておらず民間の財団が集中講義として行っているモスクワでビエンナーレのような大型展と美術館での展示運営の違いを話し,学生からも質問を受けた。欧米型の美術館ではない,新たなインスティテュートのあり方を場所づくりからはじめていく事への関心があった。
また,制度が確立したロンドンのRCA では,非西欧圏からきた学生が半数以上だったが,そこで異なったインフラや文化状況の中でどのような方法が可能かをいくつものケーススタディで説明した。海外での国際展の経験のある日本の美術館キュレーターとして相対的比較的な方法の提案や実践の経験が彼らには興味深い内容のようだった。
アートへの尊敬,関心の高さ,そして政治,社会,ライフの中にアートがあたりまえに存在しているヨーロッパでは,いわゆる美術館の観客層でない人びとでも芸術の意義を共有している。その中でどのような言説,展示というプレゼンテーションが有効か,考えるよい機会となった。


長谷川 祐子 プロフィール
京都大学卒,東京藝術大学大学院修了。金沢21 世紀美術館学芸課長及び芸術監督を経て,2006 年より東京都現代美術館チーフ・キュレーター,多摩美術大学芸術学科教授,2011 年より,犬島家プロジェクトアーティスティック・ディレクターを務める。海外で第11 回シャルジャ・ビエンナーレキュレーター(2013 年),アート・バーゼル香港2012,2013,2014 エンカウンター部門キュレーターなどを歴任。主な著書に,『「なぜ?」から始める現代アート』(NHK出版新書),『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』(集英社)がある。